賢い子ほどよく眠る
「うちの子ども、寝過ぎで本当に困ります・・・」

私の母親は浜学園・希学園で20年程事務員を勤め、子どもや保護者の相談をよく受けておりました。その母親が言うには、上のクラスの保護者ほど、「うちの子ども、寝過ぎで本当に困ります」と愚痴(?)を言うそうです。親としては、子どもにもっともっと勉強させたいのでしょう。しかし、優秀な子どもほど十分に睡眠をとります。
睡眠不足の子どもは、一目で分かります。目の下にクマがあったり、目が妙にトロ〜ンとしていたり、顔全体がどす黒くなっていたりします。顔を合わせた時に笑顔を浮かべるのがやっとで、体全体に覇気がなく、反応も鈍く、子どもらしい明るさ、快活さ、前向きさが感じられません。一体、このような状態で授業を受けたり勉強したりして、内容を吸収できるのでしょうか?
睡眠不足=「軽度の前頭前野機能障害」
『スタンフォードの自分を変える教室』ケリー・マクゴニガル著 神崎 朗子訳(だいわ文庫)によると、睡眠不足は「軽度の前頭前野機能障害」であり、人の意志力・自制心が低下し、衝動的になり、ふつうの日常的なストレスにも過敏に反応するようになると言います。以下、引用です。
なぜ睡眠が足りないと意志力が低下するのでしょうか。
まず第1に、睡眠不足の状態では体や脳の主要なエネルギー源であるグルコースを使用することができません。疲れていると、血液中のグルコースが細胞になかなか吸収されないのです。そのため細胞がエネルギー不足となり、疲労を感じます。体や脳がエネルギーを欲しがるため、甘いものやコーヒーを飲みたくなります。
でも、糖分やコーヒーでいくらエネルギーを補給しても、それを効率よく使うことができないため、体や脳は充分なエネルギーをとることができません。これは自己コントロールにとっては困った状態です。脳が使用できるエネルギーはただでさえ限られているのに、自制心を発揮するには多くのエネルギーが必要だからです。
なかでもとりわけエネルギーを消費する前頭前皮質は、このエネルギー危機の影響をもろに受けます。睡眠の研究者はこの状態を「軽度の前頭前野機能障害」などと呼んでいるほどです。睡眠不足の状態で目を覚ますと、一時的に脳に障害を負ったような状態になります。研究によれば、睡眠不足が脳に与える影響は、軽度の酩酊状態と同じであることがわかりました。自己コントロールなどとうてい望めません。
前頭前皮質に障害が起こると、脳の他の領域に対するコントロールが失われます。通常であれば、前頭前皮質は脳の警報システムの過剰な働きを抑え、ストレスや欲求に対処しやすくします。しかしひと晩寝ないでいると、これらふたつの脳の領域の連絡が途絶えてしまうのです。歯止めのきかなくなった警報システムは、ふつうの日常的なストレスにも過敏に反応するようになります。
体が闘争・逃走反応の生理状態のままになり、その結果、ストレスホルモンのレベルが高くなり、自制がきかなくなってしまうのです。
※(引用者注)前頭前皮質・・・人類の進化とともに発達した、人間の行動をコントールする脳の領域。現代の人類の意志力を司る脳の領域。
※(引用者注)闘争・逃走反応・・・生き残るためには戦うか逃げるかしかないようなピンチに遭遇した場合に人間に働く本能。この本能が働くとき、血中の全エネルギーは必要な筋肉に行き渡るように命じられ、衝動をコントロールする前頭前皮質の働きは妨げられる。つまり、考える前に行動・反応する状態、思考が欠如して完全に衝動的な状態になる。
簡単に言うと、人は睡眠不足になると思考力が低下するだけでなく、意志力、受験生で言えば「やる気」も著しく低下し、さらに何事に対してもイライラするなど、ストレスに過剰に反応するようになります。
今の受験生は、朝は学校、夕方からは塾と、大人で言えば2つの会社に勤めているようなものです。ただでさえいつ過労で倒れてもおかしくないような生活なのに、寝不足で学校に行き、学校で休むどころかたっぷり遊び(学校で休息するような自制心は子どもにはありません)、帰宅すると休む暇もなく塾に行く。このような状態で、テストで実力を発揮できるわけもなく、授業を吸収できるわけもありません。
さらに家に帰って夜遅くまで宿題をしたとしても、思考力も意志力も働いていませんから、考えるのをすぐに諦め、授業のノートを写すか、解答を写すかして終わりです。そして、こういう生活を1ヶ月、2ヶ月も続けると、成績はみるみる下がり、魂の抜け殻だけが残ることになります。
睡眠不足の子どもは伸びません

以上からも分かるように、常時睡眠不足の状態にあるような子どもは、全く成績が伸びません。良くて現状維持、ほとんどの子どもが、ズルズル成績が下がっていきます。
プロのアスリートのコーチは、選手を寝不足のまま練習させるようなことはないでしょう。選手の体調管理、中でも睡眠時間の管理は、最も基本的なことのはずです。寝不足のまま練習させても、効果がないばかりか、怪我をしたり体を壊したりする可能性もあります。
受験生の親も同様です。子どもの睡眠時間を確保するのは、受験生を持つ親の一番大切な役目です。寝不足のまま通塾させたり勉強させたりしても、成果が出ないばかりか、勉強に苦手意識を持ち、自分に自信をなくし、元気さや明るさ・前向きな態度といった子どもが本来持つべき特質を失った、無気力・無感動な子どもになってしまいます。
睡眠時間は、最低7時間半確保して下さい。7時間半はあくまで最低の時間です。これを下回るようなら奴隷か囚人の生活であるという、最低限の時間です。「うちの子は8時間半がベスト」と言って、入試前日まで8時間半睡眠をキープし見事受験に成功した親御さんがいましたが、まさに保護者の鏡です。私の生徒の場合は、6年生は8時間、5年生には9時間以上は寝るようにしてもらっています。
また、土曜日曜、祝日などはやや多めに睡眠をとり、1週間の疲れをすっかりとるようにして下さい。さらに、3時間から半日、子どもに好きなように時間を使わせて、心身ともにリフレッシュさせて下さい。リフレッシュさせる方法は、運動をする、散歩する、動物と触れ合う、読書をする、絵を描くなどです。ゲームは厳禁です。ゲームはパチンコや麻薬と同じで依存性が高く、リフレッシュするどころか欲求不満が溜まるだけです。
「7時間半なんてとんでもない!受験生はみんな6時間睡眠、夜12時過ぎまで起きて勉強していますよ!」塾の先生の中には、こんなエキセントリックな発言をする方が必ずいます。しかし心配いりません。このような先生は、おそらく中学受験をしたことがないか、自分の高校受験や大学受験の記憶と勘違いしているか、他の先生が言っているのを深い考えなしに真似しているだけです。実際にそのような生活をすれば、学校を休むか塾を休むか病気になるかしかありません。冷静に考えれば誰でも分かることです。
眠たい頭で2時間、3時間ダラダラ勉強するよりも、スッキリ頭で1時間集中して勉強する方がよっぽど力がつきます。子どもが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、子どもの脳を最高の状態に保つのが親の大切な役目です。1日の疲れを次の日に残さないように毎日たっぷり睡眠を取り、やる気と元気にあふれて毎朝目を覚ます、という毎日を目指しましょう。
勉強前の10分間睡眠

どうしても眠たくて勉強に身が入らないときは、10分ほど寝て下さい。私は家庭教師の時間中でも、子どもがどうしても眠たそうなときは、10分ほど寝かせるようにしています。起きてはじめの5分くらいはボーッとしていますが、その後の1時間は頭がスッキリし、素晴らしい集中力を発揮します。あまり寝すぎると夜に寝られなくなるので注意して下さい。あまりに子どもが寝入って起きられな場合は、疲れが溜まっている可能性がありますので、その日の勉強は諦め、明日への充電期間とするといいでしょう。
苦手科目の勉強にはさらに十分な睡眠が必要
苦手科目、苦手単元の勉強には、通常の勉強以上に、さらに意志力・やる気・忍耐力が必要です。そして普段以上に意志力を発揮させるためには、体と脳が、普段以上に十分にリフレッシュし、困難を困難と思わないようなやる気が充実していないといけません。
つまり、苦手科目や弱点を克服しようと思えば、さらなる睡眠・リフレッシュが必要だということです。「今日は苦手科目を勉強しよう!」と、親にいくらやる気があっても、子どもが寝不足で疲れ切った状態であれば、はじめの一歩も進まないでしょう。